まさかの異世界でねずみ講~「玉葱とクラリオン」を読んで、評価・感想
ー「お嬢さん、あなただけに特別にお教えしましょう。実は自分は異世界からやって来て・・・」
基本的にサイト「小説を読もう」のランキングを毎日チェックしているのですが、最近は目新しい作品の登場がめっきり減ったように思えます。
面白い作品そのものが減ったのか、それとも僕のハードルが高くなったのかわかりませんが、悲しいことです。
さて、そんなことは置いといて、本日紹介する小説も一風変わったモノとなります。
異世界行ってチート能力を与えられたにもかかわらず、ネタでしか使われないという珍しい小説。
始終コミカルな感じで、顔がにやけてしまう。
ではご紹介しましょう、「玉葱とクラリオン」です。
作品情報、あらまし紹介
ソシャゲで遊んでたら異世界に迷い込んでいた青年、但馬波留。剣と魔法が支配するゲームみたいな世界に困惑しつつも、現代人の知識を頼りに立身出世しようと目論むが……そこはかつて勇者が君臨していた内政チート国家だった。
空腹は満たされ清潔な衣服を纏う人々。経済的に町は潤い鉄筋コンクリートの家が建ち並ぶ。生半可な知識は通用せず、ろくな職にもつけず埋没する彼は、生き残りをかけた起死回生の策に打って出た。
「他ならぬあなただけに、特別なお話があるんです。いえいえ、怪しくなんかありません。私の故郷ではねずみ講と言うのですが……」
これは詐欺師と蔑まれ、後にソープ王と呼ばれた男の異世界サクセスストーリー。
さて、面白い作品というものは得てしてあらすじからそういった雰囲気がビシバシと伝わってきます。
使われている語彙、文章の流れや構成、そういった個々の要素が合わさってこの作品が面白そうだということを伝えてくれます。
この小説でいえば、あらすじを読むだけで続きが気になってしまう。
わざわざ異世界へ行ってまでねずみ講をするという、常軌を逸した発想。
そして主人公がチート能力を持って無双するような単純なお話でないこともポイントが高いですね。
内政チートもできず、追い詰められた主人公が果たしてどのような策を弄して逆境から抜けだすのか、そういったことを期待しながら読み進めることができるというわけです。
そして読んでみればわかると思いますが、この作品は先の展開が全く読めません。
まさに作者独自の世界観が展開されているわけです。
ありふれた異世界転移ものを読み飽きた人にとっては特に新鮮な気持ちで読めるでしょう。
作品の魅力
まず、この作品の魅力はなんといってもそのコミカルさにあるでしょう。
とにかく笑ってしまう。
何度も「え?そうなるの!?(笑)」という気持ちにさせてくれます。
あらましでも紹介したように、とにかく先の展開が全く読めません。
そのため、読者の予想もつかなかった方向に物語が進むことが多々あるわけです。
そしてその方向性が笑いを誘うようなものばかりなのです。
例えば、次の文章を読んでみてください。本文中からの抜粋で、主人公がチュートリアルを受けている場面となります。
『それじゃ、次は武器の使い方を覚えよう! と言っても、君はまだ何も武器を持っていないね?』
「お、おう。まあな」よそ事を考えていたら、チュートリアルが勝手に進んでいた。どうやら、今度は武器についての説明らしい。もしかしてこれはあれか。武器は持ってるだけじゃ駄目、ちゃんと装備しないと意味が無いとか、お決まりの台詞が聞けるのだろうか。
『そう言うときは手近なものを手に取ろう。例えば、そこに落ちてる石を使えば投石が出来るよ』
「……い、いや、そりゃ、そうだろうけどさ……」
チュートリアルといえば、読者は「ちゃんと装備しないと意味が無い」というセリフを連想しますが、まさかの投石。
主人公が地の文で予防線を張っていただけに、そのインパクトは更に大きい。
こういった書き方が上手いのもこの作品の特徴というわけです。
まるで、主人公と物語が行っている漫才を見ているかのようで、様々な場面で笑わせてくれます。
なお、個人的に一番ツボに入ったのはこの場面ではありません。
それは、みなさんが読む時の楽しみとしておきましょう。
次に、この作品の魅力について言えば、多くの雑学を知ることができます。
作者の教養の深さに驚かされるぐらい、様々な雑学が登場します。
建築に関する知識、化学に関する知識、歴史に関する知識、読みながら思わず「へぇ~」と言ってしまいそうになります。
例えば、PXに関する説明の一部を抜粋すると、
PXとはPost eXchangeの略で酒保のことである。
酒保とは軍隊内におかれた日用品・嗜好品を格安で提供する売店のことである。
かつて戦場において兵站は、それぞれの部隊ごとで自前に用意しており、軍人は貰った給金で現地調達するのが常だった。当然、多少の携帯糧食は持っていたし、兵糧部隊が後を追いかけたことも確かであったが、これらがまともに行き渡ることは無かった。色々と理由があるのだが、軍は神速を尊ぶのが最たる理由か。
(・・・続く)
これはほんの一部で、この後にもPXについての説明が長々と続きます。
説明が多くなるとつまらなくなりがちですが、この小説の素晴らしいところは、単に辞書的な説明をしているわけではないという点です。
読者が読みやすいように、砕けた口調で、そして物語に関係のある部分だけを説明することによって読者に興味関心を抱かせます。
まあ、簡単にいえば読みやすいということです。
それに、ここまで詳しく説明してくれる小説もなかなか無いでしょう。
最後になりましたが、本作品は当然ながら文章力も申し分なく高いですね。
抜粋した文章を読んでもらえばわかると思いますが、作者の豊富な語彙力によってとにかく読みやすい。
そして、それだけではなく情景描写も優れている例をお見せしましょう。
宝石箱をひっくり返したかのような星々の散らばる夜空の向こうには、大星雲をバックに満月が浮かんでおり、そして振り返るように中天の程近くを見上げれば、また別の下弦の月が静謐な光を湛え、そこにあるのだった。
海から吹き寄せる磯の香りが鼻を突く。さざなみの打ち寄せる波打ち際は、真っ暗な海に月光が反射して、まるで真夏のアスファルトみたいにギラついていた。潮騒は心地よく、春のような暖かさを感じさせる。当たり前の海岸のはずなのに、決してありえない風景だった。月がそれを非現実へと変えていた。
どうですか?美しい夜空の光景が自然と頭に思い浮かびませんか?
Web小説でここまでかける作者はなかなかいません。
この巧みな文章力によって、物語にさらなる臨場感をもたらしてくれるわけです。
まとめ
あまり小説を読みたい気分出なかった時に読み始めた作品だったのですが、あまりにも面白かったために、深夜4時まで読んでしまいました。
おかげで次の日は頭が痛くなるほどの眠気に襲われましたが。
上で非常に高評価していますが、実は中盤辺りから失速しているような印象を受けました。
コミカルから急にシリアスな場面に変わったせいなのか、そこの場面転換が急すぎて読者が順応しにくいように思えます。
しかしそれでも、面白い事には変わりませんので、ぜひ読んでみてください。

XZ

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